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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)4048号 決定 1956年10月15日

申請人 箕浦慶夫 外二名

被申請人 株式会社 日立製作所

主文

被申請人は申請人箕浦慶夫に対し金三万二千七百四十円、同戸沢照に対し金二万六千九百六十円、同春日稔に対し金一万三千八百十円を支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、申請の趣旨

主文第一項同旨の裁判を求める

二、当裁判所の判断の要旨

申請人らは被申請人会社(以下会社という)の従業員であつたが、昭和二十五年五月二十七日会社から解雇通告を受け、同年八月当裁判所に地位保全仮処分の申請をなし当裁判所昭和二十五年(ヨ)第二、八八九号事件として審訊による審理の結果、昭和二十七年七月七日申請人らに対する前記解雇の意思表示の効力を停止する旨の決定のあつたこと。右仮処分決定に対し会社は直ちに当裁判所に異議の申立をなし当裁判所昭和二十七年(モ)第五、九九七号仮処分異議事件として審理の結果昭和三十一年四月二十七日前記仮処分決定を取り消し申請人らの仮処分申請を却下する旨の仮執行宣言付判決があつたこと。右判決に対し申請人らは同日直ちに東京高等裁判所に控訴をなし、同裁判所昭和三十一年(ネ)第八六三号仮処分控訴事件として現在係属中であるが、申請人らは右控訴の提起と同時に控訴にもとずく強制執行停止決定の申請(同裁判所昭和三十一年(ネ)第八六三号)をなし、即日、前記仮執行宣言付判決にもとずく強制執行は控訴事件の判決のあるまでこれを停止するとの停止決定のあつたこと。

以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、前記強制執行停止決定により前記仮処分異議事件判決の仮執行の効力は停止されたのであるから、仮処分決定に基く申請人らと会社との間の雇用関係は、前記解雇の効力を停止する旨の仮処分決定がなされた状態に在ること明らかである。

而して解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令は実体上解雇の意思表示のなかつた状態における包括的な地位を仮設的に形成するものである。従つて、右仮処分命令によつて形成された従業員たる地位にもとずき、労働者が使用者に対し労務を提供して雇用関係の任意の履行を求めたのに拘らず使用者が何ら正当な事由なくこれが受領を拒否することにおいても労働者は民法第五百三十六条第二項により従業員の反対給付としての賃金請求権を失わないものというべきであるから、この権利に基いてその保全の必要性のあるときは、更に賃金支払の仮処分命令を求め得る立場にあるものといわなければならない。

右の観点から本件について判断するに、申請人らは前記仮処分命令を求め得る立場にあるものといわなければならない。

右の観点から本件について判断するに、申請人らは前記仮処分決定ののち、会社に対し直ちに原職復帰方を要請して労務を提供したが会社はその受領を拒否して自宅待機を命じたけれども昭和三十一年四月分まで従来支給の賃金相当額の金員を毎月二十五日に支払つてきたところ、前記異議事件の仮執行宣言付判決に対する強制執行停止決定のあつた後も依然として申請人らの就労を拒否していることは当事者に争いがなく、疎明によれば会社は前記強制執行の停止決定があつて前記地位保全仮処分決定の状態に在ることを当時知つていたことが認められるから、申請人らの労務受領拒否は会社の責に帰すべき事由によるものと認める外なく従つて申請人らは、昭和三十一年五月分の賃金(同年四月十六日から同年五月十五日までの分)をその支払日である同年五月二十五日の到来と共に仮りに支払うべきことを請求する権利があるものというべきであり、その額が、申請人箕浦については金三万二千七百四十円、同戸沢については金二万六千九百六十円、同春日については金一万三千八百十円であり、右支払日である同年五月二十五日を経過してもその支払を拒絶していることは当事者間に争いがないから、申請人らは会社に対し前記賃金請求権を仮りに有するものと、判断せざるを得ない。

右に反し本件において解雇無効の疎明をなすべきであるとの被申請人の見解には賛成できない。

そして疎明によれば申請人らは賃金の支払を受け得ないためその生活が脅かされるという急迫した事態の存続することが認められるから、本件申請を理由ありと認め申請費用は民事訴訟法第八十九条により被申請人の負担として主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 好美清光)

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